スポンサードリンク

 

 

浅野内匠頭の辞世の句

浅野内匠頭

浅野内匠頭 享年35

 

浅野内匠頭は官名で実の名は浅野 長矩(あさの ながのり)という。

 

生誕 1667年9月28日(寛文7年8月11日)
没年 1701年4月21日(元禄14年3月14日) 

 

 

スポンサードリンク

人物年表

1667年(寛文7年)
赤穂藩主・浅野長直の子、長友の長男として生まれる。

 

1675年(延宝3年)
9歳の若さで家督を継ぎ、第3代藩主となる。

 

1680年(延宝8年)
官職、内匠頭(たくみのかみ)を与えられる。

 

1684年(天和4年)
山鹿素行(やまがそこう)のもとで山鹿流兵学を学ぶ。

 

1691年(元禄3年)
火消し大名に任命される。

 

1701年(元禄14年)
松の廊下事件、吉良上野介義央に切りかかる。
即日切腹、赤穂藩浅野家取り潰し。

どんな人物だったか・死に至った経緯

 短気で怒りやすかったが、無骨で真面目な性格だった。
感情が高ぶった時に胸か苦しくなる「痞(つかえ)」という精神病だったとされる。
真相は不明だが統合失調症という説もある。
かねてより吉良上野介義央からイジメ的なことをされていてそのうっぷんが爆発して刃傷(にんじょう)沙汰を起こす。
イジメの内容は、勅答の儀という幕府で最も格式高い行事での着用する礼服で嘘を教えたり、
時刻でも嘘を教えたりと様々な"恥"をかくような嫌がらせを受けている。
でも結構頑張って耐えていたようです。
その後、約半日ほどで切腹。享年35。

辞世の句

 

「風さそふ 花よりもなほ 我はまた 春の名残を いかにとやせん」

個人的な所感

 意味としては、
「風に吹かれ散っていく花も春を名残惜しいと思うが、それよりも春を名残惜しく思う私はどうすればいい」
といった感じだと思います。
無念さを感じるとても心に残る辞世の句だと思います。
そして忍耐の大切さも同時に教えられます。
耐え忍ぶ事の大切さ、難しさ。
あなたは忍耐強いですか?

 

 

スポンサードリンク